「公的相場操縦」とどう付き合うか
10月31日に日銀の追加金融緩和と、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の新しい基本ポートフォリオが発表された。さらに、11月には安倍首相が消費税率の10%への引き上げを1年半先送りする方針を発表し、アベノミクスへの信任投票を謳って衆議院を解散した。
GPIFの新運用計画は批判すべき点が満載の杜撰なものだが、とにもかくにも国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%とリスク資産を大幅に積み増すものとなっている。GPIFがどのくらいのペースでこの計画値まで買い進むかは明らかにされていないが、年度末(来年3月末)時点で基本ポートフォリオから大きく乖離していると運用現場にはその理由に対する説明責任が生じるので、年末から来年第一四半期にかけて、国内株式だけでも数兆円単位の買い入れが発生する公算が大きい。また、為替市場にもそれなりのインパクトがあろう。
既に、本行執筆時点(12月上旬)で、円安と株高が大いに進み、長期金利も低位に張り付いている。
アベノミクスは、もともと経済主体の「期待」(将来の状態の予想)に働きかけて、資産市場に影響を与えることを通じて、デフレ脱却を目指す政策なので、為替市場や株式市場で形成される価格に働きかけることが悪いとは言わないが、巨額の資金を用意した「公的相場操縦」が動き出していることは間違いない。
投資家にとっては儲けるチャンスなのかも知れないが、一つ困るのは、市場で成立している価格が信用出来なくなることだ。
あらためて投資の常識から考えると不思議なことだが、GPIFの行動スタイルは、株価や為替レートの高安には無関係にリスク資産に資金を投入する仕組みになっている。GPIFの買いで上がった株価は、「この株価なら投資してよい」と投資家が判断して形成された株価ではない。
株価の高安を判断する場合、株式の益利回り(PERの逆数)と長期金利を比較するような形で株式と債券との関係を見るのが一つの方法だが、こうした比較を試みる場合、債券の利回りも日銀の長期国債買い入れで大きく歪んでいるので、「長期債よりも割安だから、株価は高くない」といった判断を下す際の基準が揺らいでいる。
この経済状況で自然に形成される長期金利はどのくらいなのだろうか、といういかにも難しい問題を考えながら、投資判断を行わないと、今後、「割高すぎる債券価格」と「割高すぎる株価」とを相互比較して、「株価は高くない」と結論してしまう危険がある。
経験則的にいって、上げ相場の末期は値動きが大きいので、途中で降りると、大変残念な思いをする場合がある。さりとて、投資価値ではなく、需給を材料に動いた相場は、資金の動きが尽きると、元に戻ってしまうことは、1990年代にも行われた株式に対する「公的資金の買い」の経験からも明らかだ。
もちろん、経済環境の好転や、企業業績の改善に沿った形で株価が上昇するなら、何の問題もないのだが、今後、「適正な株価水準」、「適正な為替レート」そして「適正な長期金利」がそれぞれ幾らなのかを判断しながら、大事なお金を賭けた「肝試し」のような相場に投資家は参加しなければならない。
デフレ脱却を目指す政策に反対はしない。しかし、資産市場に大規模な介入が加わった時に形成される資産価格は、自然に形成される資産価格と意味が異なる事を、投資家も政策当局もよくよく理解しておくべきだ。
山崎 元(やまさき はじめ)プロフィール
過去コラム一覧
楽天証券経済研究所客員研究員
獨協大学 経済学部特任教授
株式会社マイベンチマーク代表取締役
1981年東京大学卒業後、三菱商事、野村投信を筆頭に、住友生命、住友信託、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一証券、明治生命、UFJ総研など、計12回の転職を経て現職に至る。
ファンドマネジャー、コンサルタント等の経験を踏まえ、資産運用分野が専門。
雑誌やウェブサイトで多数連載を執筆し、テレビのコメンテーターとしても活躍。
掲載日:2014年12月15日